現代社会を生きる私たちにとって、「お金」は切っても切れない存在です。将来のこと、家族のこと、自身の老後のこと。考えれば考えるほど、お金に関する不安は尽きないものです。「もっと収入があれば…」「貯蓄が思うように増えない…」といった悩みは、多かれ少なかれ、誰もが抱えているのではないでしょうか。
私自身も、お寺の維持や将来を考えると、お金のことが頭をよぎらない日はありません。しかし、そんな不安に心が飲み込まれそうになる時、いつも立ち返る仏教の教えがあります。それが「少欲知足(しょうよくちそく)」という言葉です。
今回の記事では、この「少欲知足」、つまり「足るを知る」という考え方を通して、お金の不安と向き合い、心の平穏を取り戻すためのヒントをお話ししたいと思います。
なぜ、私たちはお金の不安から逃れられないのか?
そもそも、なぜ私たちの心はこれほどまでにお金に縛られてしまうのでしょうか。必要な生活費を賄うため、というのはもちろんですが、それだけではないように感じます。
一つの要因として、「他人との比較」があるのではないでしょうか。SNSを開けば、友人や有名人の華やかな暮らしが目に飛び込んできます。高級なレストランでの食事、海外旅行の美しい風景、ブランド品。それらを見るたびに、「自分もそうありたい」「それに比べて自分は…」と、無意識のうちに自分と他人を比較し、満たされない気持ちを抱いてしまうのです。
また、私たちは常に「もっと、もっと」と消費を促す社会に生きています。テレビやインターネットでは次々と新しい商品が宣伝され、「これがあればもっと便利になる」「これを持てばもっと幸せになれる」といったメッセージが溢れています。その洪水の中で、私たちは本来必要ではなかったはずのモノまで欲するようになり、そのために更なるお金を求める、という循環に陥りがちです。
つまり、私たちの「欲しい」という気持ちには、実はキリがないのです。欲望のままに求め続けていては、どれだけお金を手にしても、真の意味で満たされることはありません。それは、穴の空いた柄杓で水をすくうようなものかもしれません。
仏教の教え「少欲知足しょうよくちそく」とは
ここで、冒頭で触れた「少欲知足」という言葉についてお話ししましょう。これは、「欲を少なくし、足りていることを知る(満足する)」という意味の仏教の教えです。
誤解されやすいのですが、これは「何も欲しがるな」「貧乏でいろ」といった禁欲的な教えではありません。むしろ、私たちの心を苦しみから解放するための、非常に実践的な知恵なのです。
「欲を少なくする」というのは、自分の欲望に振り回されない、ということです。本当に自分にとって必要なものは何かを見極め、それ以上のものを過剰に求めない心持ちを指します。
そして「足るを知る」とは、今すでにあるものに目を向け、それに感謝し、満足することです。私たちは、つい「ないもの」ばかりを数えてしまいます。「あれが足りない」「これが手に入らない」と。しかし、少し立ち止まって周りを見渡せば、すでに多くのものを手にしていることに気づくはずです。
雨風をしのげる家があること。毎日食べるものがあること。話を聞いてくれる家族や友人がいること。健康な身体があること。当たり前すぎて見過ごしてしまいがちな、これらの「あるもの」に意識を向けることこそが、「足るを知る」の第一歩なのです。
「足るを知る」を暮らしの中で実践するヒント
では、具体的にどうすれば「足るを知る」という心持ちを育むことができるのでしょうか。お坊さんだからできる特別な修行が必要なわけではありません。日々の暮らしの中で、少し意識を変えるだけで実践できるヒントをいくつかご紹介します。
1. 今あるものに感謝する時間を持つ
一日の終わりに、今日あった「ありがたいこと」を三つ、心の中で数えてみてはいかがでしょうか。「今日も無事に過ごせた」「家族と笑い合えた」「温かいお風呂に入れた」。どんな些細なことでも構いません。これを習慣にすることで、「ないもの」ではなく「あるもの」に目を向ける心の癖がついていきます。感謝の念は、心を穏やかにし、満たされた気持ちをもたらしてくれます。
2. 他人ではなく、昨日の自分と比べる
SNSなどで他人のきらびやかな生活を見て落ち込んでしまいそうになったら、そっと画面を閉じましょう。比べるべき相手は、他人ではありません。もし比べるのであれば、「昨日の自分」です。昨日より少しだけ仕事が捗った、昨日より少しだけ家族に優しくできた。そんな小さな成長を自分で認め、褒めてあげることが、自己肯定感を育み、他人との比較から自由になる助けとなります。
3. 情報から意識的に距離を置く
私たちの欲望は、外からの情報によって大きく刺激されます。時には、スマートフォンやテレビの電源を切り、静かな時間を持つのも良いでしょう。情報から離れることで、本当に自分が何を求めているのか、何が大切なのかを冷静に見つめ直すことができます。情報デトックスは、心の静寂を取り戻すための有効な手段です。
4. お金の使い道を「モノ」から「コト」へシフトする
お金を使うならば、所有欲を満たすための「モノ」だけでなく、心に残る経験や学びとなる「コト」に使ってみてはいかがでしょうか。家族との旅行、新しいスキルの学習、誰かのための贈り物。そうした経験は、一時の満足で終わる高価な品物よりも、長く深く、私たちの心を豊かにしてくれます。お金は、使い方次第で、心を豊かにする素晴らしい道具にもなるのです。
まとめ:心の豊かさこそが、真の豊かさ
お金は、私たちの生活を支え、選択肢を広げてくれる大切なものです。しかし、それ自体が人生の目的になってしまっては、私たちはいつまでも不安から逃れることはできません。
仏教の「少欲知足」の教えは、物質的な豊かさだけを追い求めるのではなく、今ここにある幸せに気づき、心の平穏を得ることの大切さを教えてくれます。
「ないもの」を嘆くのではなく、「あるもの」に感謝する。 他人と比べるのではなく、自分の内なる価値基準を持つ。
こうした小さな心がけを積み重ねていくことで、お金に対する過剰な不安は和らぎ、日々の暮らしの中に、ささやかだけれど確かな幸せを見出すことができるはずです。
この記事が、皆さまの心が少しでも軽くなるきっかけとなれば、これほど嬉しいことはありません。最後までお読みいただき、ありがとうございました。


