【警鐘】法衣をまとった詐欺師たち。「なりすまし住職」事件が問う、お寺と地域の未来

お寺 心のヒント
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私たち僧侶にとって、法衣(ほうい)とは単なる衣服ではありません。仏様の教えを守り、伝え、人々の心に寄り添う覚悟の証です。その法衣をまとい、あろうことか人々の信仰心や悲しみにつけ込む事件が起きていると聞き、同じ僧侶として、言葉にできないほどの憤りと悲しみを覚えています。

先日、ある驚くべきニュースを目にしました。それは「なりすまし住職」による詐欺事件です。 お寺に勝手に住み着き、住職のふりをして葬儀や法要を行い、高額なお布施を受け取る――まるでサスペンスドラマのような話ですが、これは現代日本で実際に起きている現実なのです。

お寺は本来、地域の皆様にとって「心の拠り所」であるはずの場所です。その信頼が、根底から揺るがされかねない事態に直面しています。今回は、この決して許されない詐欺の手口と、なぜこのようなことが起きてしまうのかという社会背景、そして私たちが大切なお寺と地域を守るためにできることについて、自戒を込めてお話しさせていただきます。

第1章:信じがたい手口。「住職」は誰でも演じられるのか?

報道や資料によると、この「なりすまし住職」の手口は非常に大胆かつ巧妙です。決して許されることではありませんが、彼らは現代のお寺が抱える隙を突いてきます。

  1. 狙われる「無住寺院」 彼らがターゲットにするのは、住職が常駐していない「無住(むじゅう)寺院」や、高齢の住職が一人で管理しており目が届きにくいお寺です。事前に念入りなリサーチを行い、管理の空白地帯を探し出します。
  2. 堂々たる侵入と偽装 空き巣のようにこっそり入るのではなく、彼らは堂々と「住職」として振る舞い始めます。勝手に庫裏(くり・住職の住居部分)に入り込み、そこにある法衣を身につけ、備品を使いこなします。中には、お寺に残された過去帳(檀家さんの名簿や記録)を読み込み、その地域の歴史や家系について知識を蓄え、周囲を信用させるケースもあるといいます。
  3. 悲しみにつけ込む「ニセの法要」 そして最も悪質なのが、葬儀や法要の請け負いです。大切な方を亡くし、悲しみの中にいるご遺族に対し、さも正式な住職であるかのように振る舞い、読経を行います。当然、正規の資格もなければ、心からの祈りもありません。しかし、ご遺族は「お坊さんが来てくれた」と信じ、疑うことなくお布施を渡してしまいます。。

ある事例では、なんと10年以上もの長きにわたり、なりすまし行為を続け、地域に溶け込んでいたケースもあったそうです。被害額も莫大なものになりますが、何より奪われたのはお金だけではありません。ご遺族が故人を想って捧げた「祈りの心」が踏みにじられたことこそが、最大の罪であると私は思います。

第2章:なぜ見抜けない? 現代社会が生んだ「死角」

「なぜ、そんな長期間気づかれなかったのか?」と疑問に思う方も多いでしょう。しかし、ここには現代社会特有の構造的な問題が潜んでいます。

  1. お寺の「無住化」と「兼務」の増加 少子高齢化や過疎化により、地方を中心に、住職のいないお寺が増えています。近隣の住職が複数のお寺を兼務することも一般的になりましたが、どうしても目が届かない時間が生まれます。その「空白の時間」が狙われているのです。
  2. 地域の繋がりの希薄化 かつてお寺は地域のコミュニティの中心であり、住職の顔は誰もが知っていました。しかし、今は隣に住む人の顔さえ知らないことも珍しくありません。「あのお寺に新しいお坊さんが来たのかな?」と思っても、わざわざ確認したり声をかけたりする関係性が失われつつあるのです。
  3. 「聖域」への遠慮と知識不足 私たち一般の僧侶であっても、他宗派の細かい作法や資格制度については詳しくないことがあります。ましてや一般の方々が、「この僧侶の作法は正しいか?」「資格を持っているか?」を見抜くのは至難の業です。また、「お坊さんに対して疑いの目を向けるのは失礼だ」「バチが当たる」という心理的なブレーキも働き、不審に思っても口に出せない空気が作られてしまいます。

さらに深刻な話として、お寺の土地や資産を狙った「乗っ取り」や、地面師のような手口で土地が売買されるケースも報告されています。これはもはや個人の詐欺レベルを超え、組織的な犯罪が聖域を侵食している可能性も示唆しています。

第3章:信頼を守るために、私たちにできること

このような卑劣な行為から、大切なお寺と、皆様の信仰心を守るためにはどうすればよいのでしょうか。住職の立場から、いくつか提案させてください。

  1. 「確認」は失礼ではありません もし、見知らぬ僧侶が法要を行う場合や、突然の訪問があった場合は、遠慮なく確認してください。「どちらのお寺様ですか?」「宗派の本山はどちらですか?」と尋ねることは、決して失礼ではありません。 信頼できる葬儀社を通すか、各宗派の公式ホームページにある寺院名簿などで確認するのも確実な方法です。私たち正規の僧侶であれば、身分を明かすことを躊躇うことはありません。
  2. お寺に関心を持ってください これが最も強力な防犯対策です。檀家さんでなくても構いません。地域にあるお寺の前を通ったとき、少し足を止めて様子を見てみてください。草むしりをしている人がいれば「ご苦労様です」と声をかけてみてください。 「地域の人に見守られているお寺だ」という空気が、悪意ある侵入者を遠ざけます。お祭りや行事があれば、ぜひ顔を出してください。顔の見える関係こそが、最強のセキュリティなのです。
  3. 私たち僧侶側の責任 もちろん、これは皆様へのお願いだけではありません。私たち僧侶やお寺側も、もっと開かれた存在になる努力が必要です。 住職の顔写真や経歴を公開する、ホームページやSNSで日々の活動を発信する、相談しやすい窓口を作る。そうやって透明性を高め、「顔の見えるお寺」にしていくことが、なりすましを防ぐ第一歩だと痛感しています。

まとめ:お寺は誰のものか

今回の「なりすまし住職」事件は、単なる詐欺事件という枠を超え、私たちに重い問いを投げかけています。

お寺は、住職個人の私物ではありません。長い歴史の中で、地域の人々が守り、支え、祈りを捧げてきた「共有の財産」であり「心の故郷」です。 その場所が、無関心や過疎化によって「誰のものでもない場所」になってしまった時、そこに悪意が入り込む隙間が生まれます。

犯人を憎むのは当然ですが、同時に私たちは、足元のコミュニティを見つめ直す必要があります。 「最近、あのお寺どうなっているかな?」 その小さな関心の積み重ねが、地域の安全を守り、ひいては皆様自身の心の拠り所を守ることに繋がります。

どうか、おかしいなと思うことがあれば、一人で抱え込まず、近隣のお寺や信頼できる方に相談してください。私たち僧侶もまた、襟を正し、皆様からの信頼に足る存在であり続けるよう、精進してまいります。

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